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島田紳助の芸能界引退について思うこと--カンボジアをはじめとする、数々の「中途半端な『偽善』」の後始末はどうなる!?

 島田紳助が芸能界引退を宣言したが、個人的には正直どうでもいい話だった。いやむしろ、私が大嫌いなヘキサゴンが無くなる可能性が高まったことや、何より島田紳助があちこちで見せた、基本露悪的なくせして、たまにとんでもない偽善を堂々とやる様を、もはや見ないで済むことなどを考えれば、私的にはプラスな事だったかも知れない。

 …それはともかく、彼の引退でひとつ気になることがある。前述したように、「行列」でのカンボジア救済プロジェクトなどをはじめとする、彼があちこちで見せた「とんでもない『偽善』」の後始末は、果たしてどうなってしまうのだろうか?という点だ。

 例を挙げるとキリがないので、カンボジアの件だけに絞って話を進めていくが、そもそもこの話自体が、最初から「『偽善』すぎる話もいいところだ!」と、個人的に強く思っていた。

 何故か?その理由のひとつは、カンボジア救済という目的自体が、中途半端に終わるであろう事が最初から目に見えていたからだ。学校建設を中心に、様々な救済措置をカンボジアに対してしてきたのだろうが、日本のバラエティ番組主導、という話でやる以上、こういう話がどんどん尻すぼみになることはわかり切ったことだった。最初はともかく、時が経つごとにカンボジアの話自体が視聴率が取れなくなる流れと平行して、カンボジアの事自体が忘れ去られるのは目に見えた話だからだ。

 …そして、こういった私の危惧は、島田紳助の引退によって、早々に現実化してしまった。いまや日本テレビや「行列」の関係者などは、今後の番組自体をどうするかで頭がいっぱいのはずであり、カンボジアの事などほとんど頭の中から消え去っていることだろう。

 結局、「カンボジア救済」は、非常に中途半端な形で、いきなり終わることになるのだろう。日本側にとってはともかく、カンボジア側からすれば、それは何を意味するか?それは、「自分たちを救ってくれる」と信じた相手に、いきなり裏切られたも同然の「事実」である。言い換えれば、一端天国に引き上げておいて、いきなり地獄に叩きつけられたようなものである。…これだから、「中途半端な『偽善』」というのは、度しがたいのだ。自分たちの自己満足だけ確保して、相手側の気持ちの遷移など、まるっきり考慮に入れていないのだから。

 ある程度の救済措置自体はしたのだから、あとはカンボジア自身で何とかしてくれ、という考えもあるだろう。だがしかし、そんな「自分で何とか出来る」ような国であれば、そもそもそういった救済自体を必要とするはずがない。様々な要因によって、自分たちで何とか出来ないから、そういった救済を他国に求めるのだ。そういった国を救済するに際しては、少なくともその国が「自分で何とか出来る」レベルになるまで、救済を続ける義務が「する側」にはあると、私は個人的に強くそう考える。そうでなければ、前述したように「中途半端な『偽善』」に終わってしまって、結果的に相手国を「一端天国に引き上げておいて、いきなり地獄に叩きつける」ことになってしまうからである。


 島田紳助は、このカンボジアの話をする度に、「やらないより、やった方がいい」という一言で、いつもその場をまとめきってしまっていたが、果たしてそれは正しかったのだろうか?私は当時も今も、全然そうとは思えない。今まで書いてきたとおり、「中途半端な『偽善』」に終わることは目に見えていたし、それは島田紳助の引退によって、更に早まってしまった。…繰り返すが、結局こういうことになってしまうから、「中途半端な『偽善』」というのは度しがたいのだ。

 こういう、カンボジア問題をはじめとした、島田紳助が繰り出した数々の「中途半端な『偽善』」の事など、混乱の最中にあるテレビ関係者などは、ほとんど頭にないことだろう。そういう状況である以上、「偽善」の「後始末」的な話など、隅に追いやられるならまだマシな方で、おそらくはほとんどのケースが、「放棄」や「無視」的な話に終始してしまうだろう。…これだけでも、島田紳助の「偽善」を「中途半端」と称するには十分であり、数々の「偽善」がそうなってしまっただけでも、島田紳助と、それに軽々乗った各テレビ関係者の「罪」は、大きいのである。


……とにかく、締めとしてもう一度言う。こういうことになってしまうから、「中途半端な『偽善』」というのは度しがたいのだ、と。島田紳助の最大の「罪」は、引退によって芸能界を混乱に陥れたことでも、暴力団と少なからず関係があったことでもない。テレビで数々の「偽善」を繰り出し、それを本当に結局「中途半端」に終わらせたことこそが、彼の最大の「罪」である。「中途半端な『偽善』」によって、何度も「一端天国に引き上げておいて、いきなり地獄に叩きつけられた」経験を持つ私は、それを強く主張したいのである。
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