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現在絶好調な川崎フロンターレ・・・だけどそこに感じる「風間」に対する「違和感」

 この文章執筆時点(2013年7月29日/J1第17節まで消化)で、川崎フロンターレはJ1で首位と勝ち点8差の7位。しかも一番最近に「風間」批判の記事を書いて以降(2013年5月5日/J1第9節終了時点)の8試合で6勝1分1敗という好成績ぶりで、その中には中断明けの7月初頭からの12日間・4連戦の中で、当時2位と首位だった浦和と大宮を直接叩いたというゲームも含まれている(現在首位の広島には負けたが)。・・・この状況はまさしく、私が今年最初にUpした文章で書いた、「こういう風に批判・非難する我々をぐうの音も言わせない」状況になってきているのかも知れない。・・・確かに、「チーム」状況はそう言うに足るほどの状況になっているだろう。しかし、「風間」という要素についてはどうか!?・・・最近の快進撃ぶり、およびそのゲーム内容の充実ぶりに非常に喜びを感じつつも、この点にだけは正直いまだに「違和感」を覚える私なのである。


 現在のフロンターレのサッカーは、元々基本戦術として持っていたショートカウンターを更に先鋭化させたような、高速カウンターを最大の武器とした戦術を中心に構成されている。・・・逆に言うと、いわゆる「風間サッカー」で強調されてきた「パスサッカー」は、後ろの方で回してこれからビルドアップ、というシーンや、ゲームを一端スローダウンさせる方法としてぐらいしか機能していない。・・・いや、「パスサッカー」を単なる「数ある戦術の内のひとつ」として扱うのであれば、これはこれで十分機能していると言える。・・・だがしかし、この程度の「機能」しか担わない「数ある戦術の内のひとつ」を植え付けるために、風間監督就任以降、約1年も続いたあの「迷走」期間が、果たして必要だったのだろうか!?・・・これについては誰しもが、最低でも首を傾げるところであろう。

 現在のフロンターレのサッカーは、私自身の正直な見解を言わせてもらえば、選手達が自分たちで持ち込んだ戦術(従来からのショートカウンターや、それを発展させた今の形)がベースとなっており、それがかなり功を奏したが故に、風間監督はこれ以上「風間サッカー」という「自我」を押しつけることが出来なくなり、結果的に「妥協」した形が、今のフロンターレのサッカーだと言える。・・・つまり、1年近くも「迷走」して植え付けようとした「風間サッカー」は、結果的に選手達に8割方拒否される形で、今の絶好調を支える現在のフロンターレのサッカーには「ほとんど反映されていない」、というのが「現実」だと、私はそう見ている。

 こういう風に推察する材料は、それなりにメディア等でも見ることが出来る。選手達のインタビュー等を見ていても、試合中の戦術はもちろん、試合前のスカウティングから先発メンバーのフォーメーションまで、「自分(選手)達で決めている」的な発言が、特に絶好調な時期に入ってから、目立つようになってきているからだ。よく言えば、風間監督が、特に今年に入ってから再三言うようになった、「選手達の自主性に任せている」という部分が開花した、とも言えるが、悪く言えば、というより公平に見て、「さすがにスカウティングや先発メンバーのフォーメーションを決めるという部分は、監督の責務なのではないか!?」と突っ込まざるを得ない話ではある。


 現在の絶好調フロンターレに対する、最終的な個人的見解を言わせてもらうと、「確かに今のフロンターレのやっているサッカーは素晴らしい。だが果たして、そこに『風間』という要素は必要なのか!?」・・・ということになる。ここで言っている「風間」には、当然2人の風間兄弟のことも含まれている。・・・いくらケガ人続出で、層が相当薄くなっているとはいえ、毎試合最低でもベンチに1人は「風間『優先』枠」が存在するのは、かなり風間監督に傾倒している人ですら、抗弁しがたい部分だろう。・・・そもそも、「『風間サッカー』を誰よりも知っている」という名目で入団させた2人であるのだから、今のフロンターレのサッカーが、少なくとも当初の「風間サッカー」からかけ離れた所にある以上、最低でも風間兄弟の「扱い」は、「再考」されるべきではないだろうか?


・・・とにかく、文章中でも何度か言っている通り、現在フロンターレがやっているサッカーは素晴らしいし、見ていて非常に楽しい。だがしかし、長年フロンターレを見続けてきた人間として、また約1年もの「迷走」を見せられた人間としては、どうしても「風間」という部分に「違和感」を覚えてしまう、というのが、現在の正直な心境である。・・・現在の絶好調ぶりに対して、「風間」更迭など今更叫べないという人が大勢だろうし、私自身も(現時点で)そこまで言うつもりはない。だがこの材料だけで、「あの1年もの『迷走』期間は必要だったのか!?」という事を叫ぶこともまたやめたくない、というのが正直なところである。現在のフロンターレが、監督ではなく選手主導な部分が多分な割合である、という推論が成り立つ状況まである以上、これは本当に「なおさら」な事である・・・・・・・
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