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[08/09/03]ヘキサゴンを見てると、ホントむかつく。。

 さっき、今や誰もが知ってる高視聴率番組「ヘキサゴン」を見た。普段私は、ほとんどの番組をDVDレコーダーのハードディスクに録画して、主にCMをカットする目的で、後になってチェックするのだが、このヘキサゴンだけは、今やある意味「現代」を象徴している番組だとか、島田紳助が繰り出す数々のCDヒット=「現在のメディアを利用したマーケティングのお手本」になってる部分とかに注目しているため、なるべく放送日中にはチェックするようにしている(それでも追いかけ再生だけど)。・・・ただまあ、やっぱこの番組を見てると、何だかんだで一番目が言ってしまうのは、やはりこの番組の売りである「おばかさん」達の「おばか」回答ぶりである。そんなわけで、今日はこの「ヘキサゴン」における「おばかさん」達を見ていて思うこと、について一筆。(マーケティング部分とかも多分に書きたいのだが、それはまた別の機会に)

 今日も「おばかさん」達の回答はひどいというか、呆れるものばかりだったが、今日はまた更に驚かされた。冒頭の算数問題のコーナーで、小3レベルまで落とした問題が出されたのにもかかわらず、これにすらついて行けない「おばかさん」達の「おばか」ぶりが顕わになっていたからだ。

 今日の問題、m(メートル)とmm(ミリメートル)の換算さえ出来ればすぐに出来る問題のはずだが、それだけで済まなかったところは、さすがに「おばかさん」番組。まだ「1m=1000mm」が換算できない、とか言うのは、一般レベルでもわかる。特にこのへんの単位は、cmが入ってくるたりするとか、何よりこんな換算を普段はしないとかいう話で、「1m=1000mm」という公式が出てこない、というのはよくある話。1m=100mmとか間違えるのだったら、まだこれは間違え方がわかるし。・・・しかし、こんな「小3」レベルまで落としてすら、「おばかさん」達の「おばか」ぶりはすごかった。

 一応見てない方の為に少し「おばか」ぶりを解説すると、80mmを時計的計算(60進数)で1m20mmに見立てたりとか、「mm(ミリメートル)」を「m(メートル)」が2つあるからと思って、「mm」の数値を「m」に換算するために2で割るとか・・・。いやはや、思いっきり悪い意味で、常人には考えつかない発想だらけだった。いつもこのへんを解説する島田紳助も、さすがにこの「おばか」ぶりを解釈するのに時間を要したようだ。

 それにしても、この番組に出ている「おばかさん」達、特に羞恥心やPaboは、はっきり言って「相当」恵まれて「過ぎて」いる。ただでさえ競争の激しい芸能界の中で、更に99%以上自分の努力によらず、島田紳助の手のひらの上で踊るだけで、一躍時代の寵児になってしまった彼らは、本当に色んな意味で恵まれ過ぎていると思う。こいつらを見てると、ホントにまともに人間やってきた自分、それなりに勉強とか色々な事をがんばってやってきてしまった自分が、つくづくバカバカしくなる。

 この「ヘキサゴン」の「おばかさん」達は、「おばかさん」の範疇に入る人間の中でも極々少数派であり、おそらく率にして0.001%にも満たないであろうことは、単純にわかる。逆に言うと、残り99.999%以上の「おばかさん」な方達は、相当現実社会で苦労してるだろうということも、容易に想像できる。・・・しかしそれでも、そう考えてみても、やっぱり「ヘキサゴン」で「全然がんばりも何もしないで報われてる」あの連中には、本当に腹が立って仕方ない。

 なんでこんなに腹が立つのかというと、私自身は、人生上において、かなり色んな場面で色々がんばってきた人間であるからである。ただ、その「がんばる」方向性が、ほとんど間違っていたことも、今では悟っている事ではある。だがしかし、こんなに色々「がんばった」私は全然報われないのに、「ヘキサゴン」でただ島田紳助の手のひらで踊ってるだけの連中が、あんなにも報われている。こういう現象に、少なくとも私のような人間が、腹が立たないでいられようか!?

 日本は今でも昔でも、「がんばる」ことを激しく美徳として叫び続けている社会である。私は別にそれに乗ったわけでもないけれど、それでもそういう社会に報われていいだけの「がんばる」は十二分にしてきたつもりである。・・・しかし行き着いたところは、「がんばり」過ぎて疲れ果て、それでも更に「がんばって」しまって自分自身を激しく故障させてしまい、なおかつそれに対する代償は、一切支払われてないのである。こういう状況に追い込まれては、「がんばれば報われる」的な事ばかり言って国民に信じさせようとする日本社会そのものを恨むようになるのは当然だろう。ちなみに私個人は、もはや「がんばれば報われる」などという言葉は、はっきりと全否定している。

 とにかく、この文で一番言いたかったことは何かというと、

「『がんばれば報われる』なんていうのは『大嘘』もいいところだ!」

・・・ということだ。少なくとも現実において、全然「がんばっていない」ヘキサゴンの「おばか」達がもてはやされて、「がんばった」私は今も昔も全く報われていない、という状況が併存しているのは「事実」である。いいかげん日本社会も、「がんばれ、がんばれ」などと言い続けるのはやめて欲しい。がんばり過ぎた結果、燃え尽きて灰すらも残っていないような私みたいな「実例」があるのだから。そしてそういう「実例」にとっては、ヘキサゴンのような番組は、ホントに見ててむかつくことこの上ないのである・・・。
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