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東海大は最悪だった!!(工学部の話)

 私は、進学校レベルの高校へ行っておきながら、高校1年ですぐさま鬱になり、結果浪人までしても全然勉強に身が入らず、偏差値を屈辱的なぐらい落として、東海大学の工学部へ進んだ、という個人的経緯がある。・・・しかし、そうして入った東海大学工学部は、実はとんでもない所だったのだ!!

 東海大というと、附属の高校や中学がやたらと多いことで有名だが、何がひどかったかというと、東海大での勉強内容が、その附属の連中のレベルに合わせてあったことである。具体的に言うと、理系志望の高校生の必修内容である、数学の微積分や確率統計、物理の力学・電気・電界・波・光等の内容を、「大学4年かけて」行うのである(当然、附属連中は高校でこういう事を習っていない!)。・・・すなわちそれは、それなりの高校教育を受けてきた人間にとっては、東海大の4年間でやることは、「高校の復習」でしかないのだ!!

 この事実に、私は3年の初めに退学するまで、全くもって気づかなかったのは迂闊だった。いや違う。薄々気づいていたのに、それを認めるのが恐かったのだ。・・・それにしても、せっかく大学に入ったのに、無駄に忙しいスケジュールの中でやったのは「高校の復習」以外の何物でもない、という事実は、今でも私自身を憤然とさせる。

 そもそも1年の時点で、この事実に気づくべきだった。1年は普通に一般教養系の授業が多かったが、その中の英語の授業で、どう考えても中学英語レベルでしかないその内容に、クラスの2/3はいたと思われる附属出身の連中は、「難しい、難しい」と何度も唱えていたのだ。・・・この時点で、東海大は附属連中のレベルに合わせた、壮大な「(東海)大学ごっこ」をしているのだ、と気づくべきだったのだ。

 東海大のひどさは、他にも色々ある。代表的なのは講師陣のレベルの低さである。私は高校時代には代々木ゼミナールに通い、浪人時代にも別の予備校へ通っていたから、当時大学講師との兼任も多かった予備校の講師陣のレベルの高さに馴れきってしまっていた。もちろん、実際の大学での講師陣はあんなに教え上手じゃない、ということは頭でわかっていたつもりだったが、東海大の講師陣のレベルの低さは、想像をはるかに超えていた。

 より正確に言うと、東海大の「工学部(理系)の」講師陣のレベルの低さ、と言うべきかも知れない。1年の時に受けた一般教養の授業で、文系の講師に教わった時など、教え方のうまい先生もいたからだ。そういった先生は、最後の授業の終わりに、学生から拍手を受けてすらいたが、そんな存在は工学部の講師には一切存在しなかった。

 その「ひどすぎる」端的な例として、2年の時の講師を一人挙げる。見た目は60を超えていてもおかしくない風貌の講師だったが、その石頭たるや、その外見以上だった。何十年も使っているであろう古びた授業用ノートを持ち歩き、これまた何十年も使っているであろう「出席カード付き」プリントを、毎週必ず出席人数きっちりに配っていた(東海大は出席にうるさい方で、当時から大学オフィシャルの出席カードはあったが、この講師はおそらくそのオフィシャルのが導入されるはるか以前から、こんな物を作っていたと思われる)。ここまでなら、まだ口の中で文句を言う程度で留めただろうが、この講師は更に更にひどかった。例えば、自分自身のカウントミスで、出席カードが後ろの1~2人分足りなかったりして、後ろの学生がそれを求めたりすると、ヒステリックな金切り声で「うそだ!お前ら、誰かの代返をしようとしてるんだろう!!」と、何の根拠もなく決めつけてきた。出席カードの不足を求める声が毎回のようにあるのだったら、それもまだ納得できるかも知れない。しかしそんなことがあったのは、私の記憶が正しければ、11回あった授業の内わずか2回しかなかった。そこまで学生が従順である状況の中で、その講師は前述のような罵声を平気で浴びせたのである。

 そしてまたひどい話として、講義の内容に何か矛盾があったりした場合、当然学生内で軽いざわめきが起きるぐらいの話は当たり前なのに、その「軽い」ざわめきにすら、「お前らうるさい!他の大学じゃそんなうるさい奴らいないぞ!!」と、これまた平気で罵声を浴びせた。そもそもこの授業は、講師がこんな調子であるが故に、普段からしんと静まりかえった授業であるのだが、学生が授業内容に疑問を持って小声でそれを話し合う、程度のことすら許容できないのである。その「ざわめき」にしたって、公平に見て、全然授業を阻害する様なうるささでも何でもなかった。むしろ学生側が、なるべくうるさくならないように配慮している気配すら伺えたのである。そんな状況なのに、激しい口調で「お前らうるさい!」と罵声を浴びせてくるのである。全くもって、教室の雰囲気を察知することすらできないし、他の授業と比べても格段に静かであったことなど「認知できない」くらい、偏狭すぎる講師というしかない講師だった。(ちなみに、他の大学を比較対象に挙げていたものの、この講師は絶対に他の大学の雰囲気なんて知ってるはずがないと、当時から確信している。そもそもからして、こんな偏狭すぎる講師など、他大が受け入れるはずがないのだ)


・・・とにかく、色んな意味で東海大は最悪だった。今でもそうだと思うが、東海大は、当時から受験日を複数日設けて、その範囲内ならいつ受験しても扱いは同じという、間口「だけ」は広いシステムを取っていた。・・・今だから声を大にして言うが、

壮大な「(東海)大学ごっこ」をやりたいなら、下手に外部の人間が入りやすいようなシステムにするんじゃない!!身内(附属連中と、恐らく東海「純血」の講師達)だけで勝手にやってろ!!!他人を巻き込むんじゃねぇっ!!!!

・・・普段温厚な私が、これぐらい叫びたいぐらい、ホントに東海大は最悪だったのである。



P.S. 当時の工学部講師が、「うちの大学出た連中が、東工大の大学院へ進んで、ちゃんとやってんだ」などと、自慢にもならない自慢をしていたが、そりゃそうだろう。「東海大の4年間」で、みっちり「高校卒業レベル」に矯正させられるのだから(それも基礎中の基礎の部分だけ!)。・・・しかし、その連中、実際はかなり苦労しただろうなぁ。周りの東工大院生は、そんな「当たり前」の知識の上に、東工大4年分の知識が上積みされた、理系のエリート中のエリートなんだから。そこに「高校卒業レベル」で入っていったって、苦労するのは目に見えてるってものだから。。(彼らに罪はないにしても、そういう事実を「認識」すらできない東海大講師達には、明確に「罪」は存在する!)

P.S.2 その講師の地位云々に関係なく、この記事で一律に「教授」ではなく「講師」という名称を使っているのは、あんなにも教え下手な連中を「教授」などとは、夢にも呼びたくないからである・・・(「講師」だって使いたくない・・)


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