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本やCDが、どこへ行っても「定価販売」な理由 - そこまでして「再販制度」を・・・「既得権益」を守りたいか!?

 日本では、公共のテレビ電波に世界で唯一コピープロテクト(ダビング10)がかかっていたり、携帯電話で正規のサイトで購入した着うたをiPodで聞けなかったり、世界的に話題になっている電子ブックについても、本来なら不動産事情的な背景から、とっくに電子ブックの市場くらい出来上がっててもおかしくないはずなのに、実情はいまだに権利関係の調整ばかりしていて、電子ブックの素材はおろか、それを読む端末(電子ブックリーダー)すら一切リリースされていないなど、著作権的な話は窮屈を極めるのが日本の昔からの「伝統」だ。

 ここまで、コンテンツのデジタル化が阻まれるのは何故か?大きな理由の一つに、コンテンツホルダーがデジタルゆえのコピーのされ易さを恐れ、それ故にプロテクトを厳しくする/そもそもデジタル化させない、等といった要素もあるが、もっと大きな理由がある。彼らは、「再販制度」という、自分達を「無差別」に守ってくれる「砦」を崩さないように必死なのだ。

 「再販制度」とは、要するに、本やCDを「定価でしか売っちゃダメ!」と、厳しく縛る制度のことだ。実際、身の回りを見渡せば、それはすぐわかるだろう。古本屋や中古店を除いて、どの本屋もCD SHOPも「定価販売」が「常識」だ。・・・これは逆に言うと、本屋やCD SHOP、更にはそれらの提供元(出版社、CDレーベル、制作者等)の「利益」を「再販制度」が「保証」してきたということだ。そしてそれは、こういった市場に関して、「価格の自由競争」などを「阻害」してきたどころの話ではなく、完全にそういった行為を「排除」してきたという「事実」に他ならない。

 ・・・こういった「再販制度」という「れっきとした法律」によって、彼らの利益が「不当」に「保証」されてきた、というのが、日本の著作権界の「常識」だ。そんな彼らからすれば、それを少しでも脅かすような存在は「排除」すべき、というのが当然の論法なわけだ。・・・そういうわけで、コンテンツのデジタル化という、再販制度が適用されないだけではなく、彼らの利益確保すら危うくなるような「行為」は、すべからく「排除」したい、というのが彼らの本音なのだ。・・・例え、コンテンツのデジタル化が「世界的流れ」で、今はやりの「エコ」だとしても。

 ちなみに、「再販制度」というものが何故一般に知れ渡ってないのか、という事態を説明できる顕著な例として、米タワーレコードの破産事件における報道のされかた、というのがある。この事件、日本では「アメリカではパソコン等で楽曲を購入する人が増え、結果的にCDが売れなくなり、CD販売専業の米タワーレコードは立ちゆきゆかなくなった」といった報道がされたが、実際は「再販制度」などないアメリカで、CDを薄利多売する他の業者に市場競争等で負けた、というのが実情であった(当時はまだアメリカでも、パソコン等で楽曲を購入する人は少数派だった)。それが前述のように、事実を婉曲させて報道されたのは、コンテンツ・ホルダー(権利者・著作権者)側が、ひたすら「再販制度」の存在を「バレないように」するのに必死だったからに他ならない。(日本では報道する側のテレビ局等も、優秀なコンテンツを多数持つ「コンテンツ・ホルダー」だから、という要素も見逃せない)


 ・・・ここまで読んでいただければおわかりの通り、「再販制度」とは、著作権者(権利者)側に一方的に有利な(一般庶民にとって一方的に不利な)制度であり、しかもその存在は限りなく伏されている。そして更に言うと、こういったことが「法律」としてずっと維持され続けている背景には、明らかに国や官僚が著作権者側に「荷担」している、という「事実」が隠されている。そこに著作権者側と国・官僚側の癒着等があるかどうかは残念ながら明らかになっていないが、こんな実情が不当に続いていることだけ見てみても、その答えは明らかではないだろうか?そしてそれは、これだけ長く続いていることを鑑みても、かなり強固なものであることは間違いない。・・・それはつまり、結局のところ、こんなちっちゃなブログでこういったことを叫んでみたって、「再販制度」的問題は、これっぽっちも揺るぎもしない、というのが、残念ながら「現実」なのである・・・・・・。
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